今までのような読書感想文では駄目
幸せを求めることに異論はありません。
しかし、幸せが家族にだけあるという固定的考えはナンセンスだと思います。
題名 - 今までのような読書感想文では駄目
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読書感想文1:
幸せを求めることに異論はありません。
しかし、幸せが家族にだけあるという固定的考えはナンセンスだと思います。
少なくとも、私は今の自分の仕事に生きがいと幸せを感じています。
縦割り横割あまりにも人間の感情を無視した考えではないですか?
多くの人は、もっと複雑に悩みや考えを持っていると思います。
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読書感想文2:
「幸せ」を求めるということをやたら強調しているように感じたそれはどうなんだろう。
かつて、上のようなふたつの読書感想文(ご意見)を頂いています。
他人が何を考えたとしてもそれは自由であり、自分の人生とは関係がないので放っておく、
というのが現実ではありますし、ここで、他人の読書感想文にとやかく言うのは気が引ける、
というのも有るのですが、しかし、そうなってしまうと、
我々は一生誰からも読書感想文の書き方を教えて貰えないと、そういうことになってしまうのです。
小さい頃、先生方から若干教えて貰ってはいるのですが、でもそこには、
「自分の人生に如何に生かすべきか」という肝心な視点が欠けているのではないでしょうか。
他人の考え方を採点するような不遜な行為に、お怒りになられる方もいらっしゃるかもしれませんが、
誰もしないことへの挑戦とご理解して頂き、ご容赦願えればと思います。
まず最初に、個人が持っている考え方や、世の中に溢れる様々な情報は、
それぞれがそれぞれ一冊の本を形成しているとお考え下さい。
個人で有れば、差し詰め、その人の生き様を書き綴った「伝記」のようなものといえましょう。
その「伝記」に対して、「おかしい」とか「どうなんだろう」と抱いて、果たして、そこから何が生まれるというのでしょう。
他人の生き様は、個性豊かで誰からも犯されることなく、尊重され得るべきものです。
これらに対して、幾ら疑問を呈してみても、自分の人生には何らプラスにはなりませんし、
「おかしい」、「どうなんだろう」と言ったところで、それ以上の発展は無いのです。
また、「消費税が上がる」、「失業率が上がる」、「リストラされる」等という情報の本に対して、
「おかしい」、「どうなんだろう」と思ってみても、これもまた仕方がないことですね。
「本に対しては、後ろ向きの疑問や不平不満は一切言わない。」
感想があるとするならば、「何も読み取れなかった」のか、「何か読み取れた」のか、のどちらかしか無いのです。
読み取れるものが有れば、そこから「どのように考えるか」が始まり、
また、自分の考えが浮かんで来たのなら、それを己の生き方に反映させるのみなのです。
他人への感想を三行程述べた後、自分の考え方を一行程度付け加えるような読書感想文人生を、
数十年と繰り返して来て、我々の人生の何がどう変わったというのでしょうか。
自省を込めれば、繰り返して来た結果の不甲斐ない体たらくが、今現在の己自身ということでしょう。
もうそろそろ、気付いても良い頃です。
他人への感想を三行書いても、自分の人生は何も変わらず、
そんなことは時間の無駄であると。
他人の生き様に触れ何を考えたかを自分の人生に生かす。
これこそが、素晴らしい読書感想文というものではないでしょうか。
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「そうですよね、幼き頃の先生方。」
「今までのような、読書感想文では駄目ですよね。」
世の中や他人に対して、「あそこが悪い」、「ここが違う」と散々述べた挙句の果てに、
「私は違うと思います」と、ちょこっとだけ付け加える。
「このような読書感想文じゃ、書き直しですよね。」
「書き直し?」
いや待てよ、書き直しなんて一度も言われたことがが無いな。
書き直しなら、当時実際に言われている筈だ。
言われてないということは、結局のところ、どのような読書感想文でも出しさえすりゃ良かった訳なんだ。
どんなに稚拙なものだろうと、実際、受け取って貰っているんだから。
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もしかすると、「感想」なんてものは、思想信条に係わる領域のものであるとされていて、
どのようなものであっても、全くの自由である、との方針が出ているのかもしれない。
全くの自由どころか、生徒がある情報に触れ、どのように感じたかなんていうのは、
指導してはならない、アンタッチャブルなのかもしれません。
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また、生徒が物事の根本を押さえられているかどうか等も、
教えてはならない事柄なのかもしれません。
それとも、何らかの感想さえ持ち得ることが出来たのなら、
それは教育上何も問題も無いとされているから、触(さわ)らないのかもしれません。
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もっと穿(うが)った見方を教える側にして見れば、教える側の方が物事の根本が何であるかを押さえられていないし、
どのような感想文を書くかで人生が変わるとは認識できていないのかもしれません。
試(こころ)みとして、読書感想文の題材を、「何故、学校で読書感想文の宿題を出しているのですか」に求めて、
それについて書かせてみれば面白いような、そんな感じが致します。
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果たして、たかだか数年しか生きていない生徒に、
「読書感想文の書き方で人生が変わる」などという“解”を見付け出すことが出来るでしょうか。
数十年と生きて来た先生ではありますが、「何故、学校で読書感想文の宿題を出しているのですか」
という読書感想文の宿題を出すことに、解を見付け出すことが出来るでしょうか。
機会があれば、先生方が書いた読書感想文を一度読んでみたいような、
そんな気持ちにちょっとさせる考察となってしまいました。