自分探し厨の深層心理てすと【価値観辞典】

甘酸っぱくなり切ない気持ちとなり

月日は流れて、経験値をいっぱい積んだ我らは、

本当の愛を知ることになりました。

題名 - 甘酸っぱくなり切ない気持ちとなり
投稿B


今日の昼間、私はひたすら街を歩いた。

桜咲く公園まで歩いては、3分ほど座ってぼんやりとし、また違う公園へと歩いていった。



でも、桜を見ても心は癒されず、いくら歩いたところで心は満たされなかった。

そして私は歩きながら、なぜか涙ぐんでいました。



涙ぐみ悲しげな顔をし、悲壮感を漂わせ、歩いていたと思います。

でもこれは、私が繊細で正常な人間であるという証拠です。



私は人間として正気を取り戻しつつあるんじゃないかと、本来あるべき私へと、完全に復活しつつあるんじゃないかと思いました。
すべたがいい兆候です。




>彼女が、突然泣きながら【私と交際する以前にバイト先の店長】と車の中で肉体関係に及んだことを私に言い、それを聞いた私は、深い悲しみに襲われました。



己のはるか昔話を思い出し、甘酸っぱくなり、切ない気持ちとなりました。

胸はぎゅっと痛くなり、悲しみで押しつぶされそうになりました。



若い時に、これを聞かされたら辛いですよね。

純粋なほど傷付き、彼女から離れてしまうんじゃないかな。




たぶん私も、聞かされた事実が消化できずに、同じく離れ去ったと思います。

今なら、そんなことの一体何が問題ですか、っていう感じなんですが。



そういう意味において、私もあなたと同じ過ちを犯したことになる。

月日は流れて、経験値をいっぱい積んだ我らは、本当の愛を知ることになりました。



これには、何も敵わない。

妻や子供を持ってきても敵わない。



本当の愛以上のものはこの世には無いと知ります。

しがらみで身動きが取れない状況であっても、これは追求しなければ本来の自分が取り戻せない。



生きてる目的が分からない。

なぜ生まれてきたのか分からない。

そうなるように思います。


題名 - 甘酸っぱくなり切ない気持ちとなり
投稿A


おなじ境遇の方がおられた事に、すこし安心し落ち着ける気持ちになりますね。

私は、妻と子供たちが大好きです。



私の良い面も悪い面もすべて受け入れてくれ、苦労をさせてきた妻と別れる事は、何があってもあり得ません。とても大事な存在であり、まじめで性格も良く、美しい人です。



この一生を通して、添い遂げます。

それが妻に対する私の誠意であり、愛情だと思っています。



恋愛結婚こそしましたが、元婚約者の時のような、ときめくような感情は昔から無く、落ち着いた、もっと大きな愛情(家族愛?)というもので包まれています。



家庭も大変明るく、その意味においては、今の妻は救世主です。

男にとって結婚とは、人生の一番重要なことと思っています。



そこで、【幸せにする】と誓った以上、幸せにしなければなりません。

人生で最初に交わした一番重要な約束を、いとも簡単にリセットしてしまう事は、私には考えられないです。




一方、昔を思い出して元婚約者こそが私の添い遂げるべき女性だったと思うのも事実です。

元婚約者は、色々と私に尽くしてくれましたが、私は何もしてあげられなかった。



私の前で潔白であろう、純粋であろうとして言わなくて良い過去の事まで、さらけ出してくれた元婚約者の誠意に、私はなんという態度を取ってしまったのだろう・・・。



別れるにしても、もっと別の別れ方があったと思うのです。

その当時、携帯電話やメールがあれば、縁を繋いでいたとも思います。



結果は同じでも、今の【思い出に対する心の気分】は、もっと良い結果になったでしょう。



他の掲示板でお世話になった方が、言われましたが、私は、【すべき事をせず、逃げてしまった】のに対し、彼女は、【言うべき(すべき)事を言った】訳です。



そして【私から連絡が途絶えた=結論】を受け入れて、前を向いて言ったのでしょう。

従って、彼女の中では完結していると思います。

私の中だけは、後悔と悩みと罪悪感と夢、希望、愛情、現実、過去、虚脱感が渦巻いているのです。




一度会って26年間、伝えられなかった自分の気持ち、感謝の言葉を彼女に伝えれば、お互いの胸のシコリが取れるのではないかと思うのです。
もっとも、女性は強いので元婚約者にはそのシコリは既にないと思っています。



でも、伝えたい気持ちや感謝ってあります。

愛し合いたいとも、抱きたいとも、二人だけの反省会をしたいとも思ってしまう。



お互い大切な家族がいながら、危険な一面もあります。

然し、お互いに大切な家庭があり、違った道を生きています。



だから、お互いには【いま】が大切です。

でも、26年間抑えられない感情を持って生きて来ました。



永遠続く辛さ、苦しさの前には、会いたいという本能に理性が勝てません。

でも人生には、会ってそんな事に思いを馳せる時間もあって良いのではないでしょうか。



会って、26年の時間が経過したことを理解しなければ、またいつか同じ辛い気持が押し寄せてきてしまいます。

【26年間、溜まりに溜まったツケ】を払わなくては、前に進めません。

だから、コーヒー一杯だけでいい、会いたいと思うのです。

題名 - 甘酸っぱくなり切ない気持ちとなり
投稿B


いくら愛してても26年も経てば色あせするというものですが、未だに気持ちが鮮明なのは、彼女が手に届くところに居て、姿を見て、気持ちの確認もでき、会おうと思えば会うこともできるからかな。



もろもろのモヤモヤが、コーヒー一で解決するんなら安いもんじゃないですか。

現在の手持ちを捨てる訳で無し、久しぶりにお茶しませんか、でいいんじゃないでしょうか。



あなたのおっしゃるとおり、理性が利くんなら、それ以上にはなりようがないし。

あとは勇気を出して連絡するだけですね。

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