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地上の目標(7)

ひとりの愛する妻を得て、私の地上の目標は達成された。

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地上の目標(7)


地上の目標(7)


ある出来事に関しての掲示板でのやりとりを、読みやすいように整理してみました。


[返信]投稿者:価値辞典


>私も(本文を掲載したことによって)犯罪者と言われるのであれば、断罪してください。
>私自身は、これでよかったと思っています。

悟空さん、お怒りごもっとも。私も同様です。
長年こつこつと築き上げてきたサイトを破壊されてしまいました。

おかげでコツコツがストップしてしまいました。
それがどれほどの痛手か・・・

そんな中、
超自己中人間を殺人者とはちょっと比喩が過ぎたかな、と思っていたのです。
でも、




「おなまえ = 内山一朗(偽名)
メッセージの内容 = 質問 相談 その他

なんか、掲示板がことごとく、アクセス禁止になってしまいました。
運営方針の変更でしょうか?

対応に思案しているところです。
#一応報告してみますが、現状掲示板が見れないので、回答は望み薄でしょうか?」




というメールが来ていた。




理解力に欠陥があるとは、以前みずからが言われていたように思いますが、本当に何を言っても無駄なんだろうと思わされる。

自分で自分の憩いの場を破壊しておいて、あれ、なくなってるぞ、どうしてくれよう、と来ています。






[149] 無題 投稿者:悟空 投稿日:2009/08/11(Tue) 11:34 [返信]


価値辞典様

ありがとうございます。
うれしい限りです。

粘着気質の方ですからアドレス・HNを変えてでも、また【破壊的なメール】が来るかも知れません。

この板の現状に対する責任は、私にもあります。
宜しければ、今後、板が再生・浄化されて多くの方々の目に触れる日のために、私も微力ながら【話題】を、【私の考え】を、お伝えしてゆこうと思います。

これから、14日まで出張ですが、今後も宜しくお願い致します。

悟空 拝






[150] 疑問 投稿者:悟空 投稿日:2009/08/14(Fri) 14:15 [返信]


何にでも【はじめ】があった。
宇宙の誕生・生命の誕生。私の誕生。

宇宙が色々と壮大なドラマを幾度となく繰り返す時の流れの中で、私たちは小さな【今】を生きています。

宇宙が経験してきた時間から見れば、私たちが執着している【人生の時間】など、瞬間にもならない。

宇宙から見たら、人間の生命も人生も価値がないのだろうか。
でも、いつか死ぬと判っていても、人間は一生懸命に生きますよね。

そして悲しみも喜びも、辛苦すら乗り越えて、ひたすら経験を積んで【明日】のために生きていきます。

でも、その【明日】って、その【経験】って、何のためになるのだろう?




私たちの体の一部が、人間の身体ってどうなっているのだろう・・・なんて考えません。
人間は宇宙の一部。

宇宙の一部であるはずの人間は、宇宙を真剣に考えていますね。
仕組みが大き過ぎて解り難いけれど、宇宙は人間の為にあるのだろうと思う。

人間の為とは・・・?
人間が獲得した【魂】であり、その魂のレベルを高めるためにこそ宇宙はあるのだろう。




どうなったら立派な人間なのだろう?
どうなったら魂は、価値が上がるのだろう?

やっぱり【愛】なのでしょうね・・・。
自分本位から他人、国家、人類愛。

人類愛から地球愛、地球愛から宇宙愛。
自分本位な考えに囚われずに、より大きな愛を学ぶってことなのかな。
それはキリストや釈迦などの聖人たちが、言ってた言葉だ。




物理や科学、哲学好きの私は今までに確信を得た事が有ります。
それは最先端の量子論でいう世界観は、仏教でいう世界観と全く同じだと言うことです。

ビックリするくらい、量子論で言う時間の概念、過去や未来は仏教です。
やはり聖人たちは、修行や会得の仮定で何かを【垣間見た】のだろうか。




生きてるうちに、私も何かを垣間見たい。
聖人のように修行など出来ないけれど、ずっと想い続けていれば・・・と思うのです。

その想いが、【愛】の周波数に合致すれば、当事者には奇跡が起ると思うのです。
私は価値辞典さんのサイトで、こんな事を体得したようです。

この掲示板を訪れる皆さんに理解して貰いたい、同調して欲しいとは望んでいません。
でも、私には確信でした。

この言葉だけは、私の経験として伝えたかったです。
読まれる方にとっては、毒電波?であって知識じゃないのかもしれませんが。






[返信]投稿者:価値辞典


日本の月探査衛星「かぐや」からの写真。
月の地平線から上る地球を見て、ああ、地球ってなんてちっぽけなんだろうか、と思った。

その瞬間、地球上の些細な出来事がどうでもいいようにも思えてきた。

どうでもいい出来事とは、学校へ行き勉強すること。
会社へ行き仕事をすること。
それらに付帯する見栄と世間体とお金のこと。




そんなんじゃーなくて、愛する人と生きていく、ってこと。
世の中の100人中の100人が、こうやって生きてくれれば、世界は平和になるんだろう。

でも、私には愛する人が居ないんだ、って言われてしまえば、私は生きる道を知らないんだ、って言われてることと同じになる。

愛する人がいなければ、適当にそこら辺の異性にもてたいという欲がでてくるんだろう。
不特定多数に格好をつけたくなるんだろう。

見栄も張りたくなり、そのためにお金も使いたくなる。
汚い恰好はできないからと、自らを飾り立て、おしゃれにお金をかけるようになる。

愛する人が居ないんだから、いろんなことに目がいってしまう。
世間の眼が気になり世間体を気にするようになる。
月からの地球が見えないんだから、些細なことが気になってくる。






[151] 無題 投稿者:悟空 投稿日:2009/08/18(Tue) 21:48 [返信]


価値辞典さま

メール拝受。
返信が出来ないようなので、こちらに記します。

とても繊細な感性をお持ちの方だな・・・と、お見受けいたしました。
人間には、色々な人生があるものですね。

感じ入って、何度も読ませていただきました。
偶然ですが私も生まれは昭和37年です。




私は、東京都府中市(東京競馬場の第3コーナーあたり)に住んでおります。
普段は車で5分で行くことが出来る距離でもG1レースの開催日ともなれば、1時間かかったりという具合です。

駐車場を求めて住宅地の中まで車が入ってきたりする事もあって、小さな頃から競馬・競艇は大嫌いです。

おまけに競馬場から1Kmも離れていないところに、多摩川競艇場まであります。

ある日、朝から私には珍しい【寝て曜日】と決め込んで、本を読んでおりましたところ・・・
最終コーナーを回って、競走馬がゴール目掛けてラストスパートするところだったのですが、聞いたことのない5万人以上の人間の【喜び】【落胆】【破滅】【欲望】が入り混じった「ウォー」という喚声に、ビックリしたことがあります。




よほど大きなレースで、期待を裏切る高配当(万馬券)が出たレースだったのです。
5万人以上の人間の喚声を聞いた私は、その喚声を聞いて心の底から「感動」してしまいました。

この喚声は、なんとも言えない「腹というか、五感のすべて」に響くものでした。
訳も判らぬ感動をしたのは、これが最初で最後です。

最近の若い人たちって、【感動】の涙を流しません。
努力して、自分の力で何かを勝ち取ったり、願って願って、何かを手に入れたり、艱難辛苦を乗り越えて・・・なんて

言葉は死語にも等しいのでしょう。
好きなもの、欲しいものはTVをつければ、TVの中にある。

好きな歌も、見たい映像も、知りたい事も、買い物すらパソコンで24時間出来る。
人と人との会話すら存在しない、脆弱な世界です。




殺人事件は昔からあった。
私が生まれて間もない頃、【吉信ちゃん事件】というのがあった。

犯罪史を紐解いて判るのは、被害者のお子さんやご家族にはとても悲しい出来事であったと言うことでした。

でも、加害者に目を向けてみると犯人にも、同情する一面があった。
犯人は、犯罪とは無縁の人間だったものの【商売】で失敗して、食う金すら困るという貧困であった。

食うための借金を重ね、酷い取立てにも耐え、彼なりに【父親】たろうとした。
その犯人にも、貧困に苦しむ妻や幼い子供たちがいたのだ。




犯人なりに、何としても家庭を守って子供に食べさせてやれるだけの金が欲しかったのだ。

犯人が良い暮らしをしたり、犯人が豪遊したり好きなものを買うためという動機じゃなかった。

彼なりに子を想う親としての理由があったのだ。

最近の殺人事件を見て見ると・・・欲しいものはTVや雑誌で見つかった、後は金を手に入れれば良いだけだ。




しかし金がない。でもアイツは、俺の欲しいものを持っている。じゃあ、アイツを殺してアイツの持っているものを奪おう・・・。

子を、親を想うなんて動機じゃなく、ただ贅沢したいから。欲しいから。遊びたいから。犯したかったから。

友達の乗ってる車が欲しいといって、友達を殺した事件もありました。
記憶に新しい【光母子殺人事件】なども典型的な例でしょう。




もちろん犯罪は犯罪です。
極限まで食うに困って、自ら生きるため、子を育てるため、他人を殺めた。

欲しいから殺した。
犯したいから殺した。
金がないから殺した。




これらは、すべて苦労せずに楽をして、何かを手に入れようと起こした自分勝手な罪です。

今と昔、【罪名】は同じでも、昔の殺人と今の殺人は、全く違う事件なのだと思っています。

感動をしない人間が、どんどん生まれているように思います。






[返信]投稿者:価値辞典


4年前に私と同じ誕生日の人と偶然に出会ったことがあります。
私は思わず免許証を見せて、握手を求め、よくぞここまで頑張りましたねー。
と感動したものです。

いろいろあったけどよくやった。
死にたくなる程の理不尽なんていっぱいあったけど、よくぞここまで生き抜いた。

「校内暴力」なんてものは我らの世代から発生したものだ。
「いじめ」なんて現場も傍観してきた。




いじめを止めようと中に入った者は、生意気な奴だと判断されいじめの対象とされた。
それも傍観してきた。

学校とは学生というかわいい名前の殺人者の集まりに過ぎなずだった。
よくぞそんな中を恐ろしいところで殺されずに生き延びてきたもんだ、と喜んだのだ。

殺されないように、我らは個性を押し殺すことを覚えた。
みんなに紛れて目立たぬように生きる術を習った。
自然そこには感動なんてものは発生のしようがない。




でもこれって、体のいいいい訳だろうか。
自己管理できる者は何でもできるってもんだ。

自分の管理を他人の見えざる手に委ねた者達には、感動なんてご褒美は用意されないのだろう。

IT社会では、会社という箱は必要ないだろう。
わざわざ会社へ行かなくてもいいんだろう。

通勤手当なんかも払われない。
環境にはすこぶるいいんだろう。

パソコンさえあれば家庭に居ながら仕事ができるんだ。
そう思っていた。




でも、一向にそうはならない。

それというのも、我らは自己管理ができないからに他ならない。
誰かに監視されないと我らは仕事をしない。
我らは公私を区別をする能力すらないのだ。

自己を管理できない者は何もできない。
感動さえも管理できない。




感動なんてものは人から与えられるもんじゃない。
自ら奪い取るもんだ。
自己管理できない者には何もない。

まさしく、自分に感動を与えんがために、私は言葉をひねり出してきた。
自分も感動しないのに、他人が感動する訳がないと思って。
今年度を限りに、新たな感動の世界へと旅立つことを、ここに決意する。

私の個性は感動を与えること。
私の価値は言葉に感動を込めること。
そこに私の私たる存在意義がある。






[152] 無題 投稿者:悟空 投稿日:2009/08/21(Fri) 18:08 [返信]


私の感動の記憶・・・その@
私には、実はすごい経験があるんです。

私は、喧嘩というものをした事がなかった。
中学2年生のとき、皆が恐れる中学3年生の番長と喧嘩をして勝ったことがある。
彼は大きく、その腕は丸太のように太く、眼光鋭くパーマがかったリーゼント。

私のクラスに来て、傍に居た(私を含む)男子に対して、理不尽なことを強要したのだ。
反抗する私に、顔面を狙ってきたパンチを捌き、一瞬で眠らせた。

私は身長166センチと小柄ではあったが、猫のように俊敏であったのだ。
このとき、私ははじめて喧嘩が強いのだと自他共に認めたのだった。
この日を境に、同級生から一目置かれた。(ちょっと嬉しかった)




しかし数日後、彼が3年生の不良仲間を連れて仕返しにやってきた。
体育館の裏に呼び出された私は、1対8で、ギャラリー多数。

開始1分、私は上段回し蹴りと下突き、中断突きを繰り出して一撃で4人を倒した。
次にかかって来た3人は、膝蹴り、前蹴り、後ろ回し蹴りだった。

あとの3人は、戦意喪失。
私はその中の番長に歩み寄り、何かを言おうとしたが、先生が来たらしく皆が逃げ出したので、私を残して全員逃げ出した。




私が残ったのは、上段回し蹴りで倒した相手が失神していたから。
私は強い筈だった。

小学校1年生から週に3回以上も極真空手の道場に習い、中学1年生の冬には黒帯を締めていた。

結局先生は、騒ぎの場所を間違えたのか、来なかった。




次の週の下校の途中で、先日倒した相手を含めて20人くらいに囲まれた。

誰かに後ろから絞め技をかけられて私は失神し、肋骨5本骨折、右眼底骨折、前歯2本、奥歯8本を吹き飛ばされ、その場に置き去りにされた私はボロボロになって何とか自力で帰ってきた。

当然、その後警察沙汰になった。




私は2週間の入院の後、学校の会議室で最初に喧嘩を売ってきた8人とその親を相手に、先生と私の親と目撃者の友人を交えての話になった。警察も来ていた。

8人、特に番長は吊るし上げられた。

一方的に理由のない相手に喧嘩を仕掛け、負けた腹いせに多勢で喧嘩を仕掛けたのだから当然だ。

でも、母親と来ていた彼は私に頭を下げなかった。
最低の人間だ。




次の日の夜のことだった。
私の家の前に黒塗りの車が4台、黒服の男がいっぱい下りてきた。

彼が、頭を丸坊主にして怖そうな父親と私の家を訪ねて来た。
なんて卑劣なやつだろう!って思って私は母親と玄関で対峙した。

まだ私の父親が帰ってきていないので、兄と姉は警察に電話する体制になっている。
母親は、礼を尽くしつつもガンガン相手に言いにくい説教事を言っている。




私の母は、私の前に立ち、一歩も引かずに止まらない。
しかし、いきなり二人は玄関で土下座をして、父親がこう言った。

「このたび、私の愚息が大事な息子さんに喧嘩の挙句、卑怯極まりない方法で息子さんを傷つけてしまい申し訳ございませんでした」「もっと早くに伺わなければならないものの、今日家内から聞くにいたりまして、かさねがさね申し訳ございませんでした」「愚息には男の道、人の道を懇々と教え、私なりに制裁を加えて参りました」「ご覧のとおり、愚息も反省し、剃髪してお詫びに参った次第です」




「どうか、お許しくださいますようお願い申し上げます!」
息子・・・「本当に!申し訳ございませんでした〜!!」近所中に響く声だった。

そうして上げた顔は、父親の鉄拳制裁を受けたであろう、とても痛々しい顔だった。
はじめて知ったことだが、彼はいわゆる広域暴力団の幹部を父に持つ男であった。

気がつくと、玄関前の路地には多くの若い衆も両膝に手をつけて頭を下げている。
30年以上前の話であるが、フルーツの詰め合わせ(近所に配らなければならない位たくさん)と、なんと、お見舞金100万円!!




母親はビビッてしまい、対応に苦慮しながら何度も何度も断った。
しかしどんなに断ろうが、彼らが差し出したものを受け取るわけがないので、その場では頂いた。

大人になって聞くと、母親はあとでトラブルになるかも知れないからと100万円は手付かずのまま保管してあり、聖徳太子のピン札で、通し番号の(第一勧業銀行・多磨霊園支店の)帯封付き。

いかにも極道らしい筋の通し方である。




その後帰宅した父は、後日100万円を持って組事務所に行ったのだが、相手の起っての気持ちということで、上機嫌で「100万円儲かった!」と帰ってきたのを覚えている。

その後、彼は私の空手道場に入りたいというので、親友になった。
今では父の後を継ぎ、それなりに出生しています。




このことで、私には人生で最初の感動がありました。

1) 自分の意思で空手を始めたのではない私は、このとき自分の強さに驚いた。
何でも一生懸命やっていたから身に付いていたのだと、長年の苦労が吹き飛んだことです。

2) 極道という職業、私は(弱いものイジメだと)軽蔑していました。

生まれて初めて、最初で最後、職業という極道ではなく、生き様としての極道を見た。
どんな道に生きていても、筋の通った人間は格好よい。

3) 私の母親は、圧倒的多勢の恐ろしい相手に、毅然とし、怒りさえ感じながら対峙していた。

子を思う親って、すごい。
いきなり現れた多数を相手に、相手に物を言わせず一歩も引かずに人の道を説いていた。




思い出してはいつも思うのです。
みんな、自分の立場から湧き出る生き様ってあるんですね。

私には、子供にこんな生き様・筋を見せ付ける機会がないけれど、私は私の決めた善悪を基本として、私なりに筋を通して生きて生きたいと思うのです。

この掲示板に、どんどん仲間が来てくれる事を祈っています。






[返信]投稿者:価値辞典


私は身長180cm。
それだけの理由で、学生時代「馬場さん」と言われたことがある。

さて、もの凄く臨場感あふれる体験談でした。
思わず引き込まれて、不謹慎ですが素直に感動しました。

>この掲示板に、どんどん仲間が来てくれる事を祈っています。

掲示板が賑わったらいいのか?
基本的なことに気付きました。

だって今でも十分感動を得ています。
この掲示板の目標も今は達成されているんだと気がつきました。







[153] 無題 投稿者:悟空 投稿日:2009/08/21(Fri) 20:33 [返信]


私の感動の記憶…そのA

15年ほど前、私は幼稚園生の長男に自転車を教えていた。
いわゆる「補助輪はずし」で乗れるようにするのだ。

さあ気分を入れ替えて!みたいな感じで補助輪を外して、またがれと言う。
しぶしぶまたがる子供。

「いーか!パパが押したらハンドルまっすぐ持ってな!」
そして「ペダルを踏んで漕げ!」といって強く押し出す私。




ふらついて数秒後に倒れる長男。
長男「ぎゃー!!」

しまいに怪我をして泣いてくるので、止めて帰る。
続きは、次の土日に。

次の週、子供には自転車で倒れて怪我をするというトラウマがあって、前よりダメになっている。




次の次の週、しまいに自転車には一生乗らないからと言い出す。
次の次の次の週、無理くり連れて行っては大きな怪我をして戻ってくる始末。

次の次の次の次の週、自転車には一生乗らないといって泣き出す。
これの繰り返しだった。

私の長男は、自転車に乗れるように成るまでに半年を要した・・・。
長男もありとあらゆる処に怪我をして、本当に大変だったと思う。
今ではスイスイと自転車に乗っている姿が眩しい。




私の長男が、自転車に乗れるようになって数ヶ月ほどたった有る日曜日のこと。
ふと点けたTV番組。

あの前人未到の成績を残した競輪界の偉人【中野浩一】さんが、子供に自転車を教えている。

広い公園には、小学校高学年や中学生にもなって自転車に乗れないという、筋金入りの自転車に乗れない子供10人とその母親がいる。

【何度教えても駄目だと】何人かの母親がわが子を愚痴る。
【子供には才能がない】【素質がない】【センスがない】【バランス感覚がない】などと言いたい放題。




まず、中野さんは公園の100mはあろう一番奥に母親に移動するように指示。

さて、子供たちを集めた中野さんは、【自転車に乗れたらこんな素晴らしいことがある】と話し始めた。

知らない遠くに行ける、時間がたくさん使える、疲れない、風や景色を感じられる・・・。
次に、【もし、自転車に乗れたら何処に行きたいか?】を一人一人に聞く。
みんなハツラツと、行きたい場所を答える。




ん〜、この状態で、子供たちに自転車に乗れたらいいなっていう夢や動機をあたえている訳か・・・。

そして中野さんは、【信じられないかも知れないけれど、今日、みんな自転車に乗れるようになるよ】と勇気づけと希望を持たせ、【我慢して先生のことを信じて、その通りにやるだけでいいから】と約束しつつ、自分を信用させました。

実技の始まりです。
なんと、彼は自転車のサドルとペダルを取ってしまいました。

その自転車を倒します。
そして右側から、左側から、何回も何回も自転車を立てる練習です。




次に、それを右回り、左回りの8の字で、何度も曳いて回る練習をしました。

今度はサドルを付けました。

そしてサドルに跨って、右回り左回りの8の字を回る訓練です。
(サドルは子供たちがペッタリと足が付く位置になっているので、両足で地面を蹴って動く)クランク。L字と続きました。




次に、100m向こう側にいる母親に向かって、両足で地面を蹴っていくのです。
これを何回か往復しました。

今度は、100m向こう側に「両足を地面で蹴る回数が少なければ少ないほどスゴイ」のだと、子供たちに言います。

出来たらスゴイ事と言われれば、やりたくなるのが子供。
みんな、こぞって何回で行けたかを競います。
この記録は、数を重ねるうちにどんどん少なくなって行きました。




さあ、中野さんは最後にペダルを付けてこう言いました。
「両足を地面で蹴る走り方じゃ、疲れるし、スピードが出ない」

「両足を地面で蹴る代わりに、ぺダルを漕いで向こうへ行こう」
目標は、100m向こう側にいる母親です。

子供たちは、一人の脱落者もおらずに無事、自転車を運転して向こう側につきました!
何と言うことでしょう・・・。

親がどれだけ教えても、乗れなかった筋金入りの子供たちなのに!




さすが中野浩一さんです。
これを見た私は、自分が教えてきたと思っていたことを恥ずかしく思ってしまいました。

自転車のプロ、中野浩一さんは自転車を基本から知り尽くしている。
それだけの人だから、いとも簡単に教えてしまったのだ。

人にモノを教えるという事は難しい。
教える人間の実力によって、教わる側にそのまま伝わるのだと。




人にモノを教えるって、責任の重い事なんだと思いました。
私の長男の傷を見れば、教える能力の無いものに教わったことが一目瞭然です。

私はたった1時間足らずのTV番組の中野浩一さんに、さわやかな感動を覚えました。
とても記憶に残っています。

全国の先生といわれる方々、教えるって簡単に考えていませんよね?
大変ですね!先生に求められる質は厳しいですよ、頑張ってください。

なんだかんだ、気分が乗ってしまい、たくさん書いてしまいました。
ごめんなさい。






[154] 無題 投稿者:悟空 投稿日:2009/08/22(Sat) 10:19 [返信]


私の感動の記憶…そのB

人生で燦然と輝く思い出といえば、やはり女性(彼女)を抜きには語れない。
恋多き私には、2度の強運・奇跡に恵まれたことがある。

女性はやはり顔、そして性格、そして相性だ。
一番目の幸運は、中学2年生のときだった。

ある日、女子の友達が、彼女からのメッセージを持ってきた。
学年で1位、2位という人気の女子が私のことを好きだというのだ。




それを聞いて1週間、夢心地の日々だった。
「なんで俺の事なんか好きなんだろう・・・」と、不思議だった。

そして返事をして付き合ったのだ。
これが人生最初の感動だったかな・・・。

彼女と付き合ったというだけで、私の人生は光速に加速され、景色も風すらも変わりだしたのだから。




同級生や先生の間で噂になっていた。「なんでアイツなんだろう??」
しかし中3の夏休み、後些細なことで喧嘩して別れてしまった。

私が子供だったのだ。
強く後悔して、副作用を伴った。

副作用の症状は、涙、無気力。
恋愛の良い効果と悪い副作用を知る。
その後、希望のない日々を送っていた。




そして今回、この掲示板で悩みをぶつけた「元婚約者」と進学した高校で出会うことに。
彼女も学年というレベルではなく、学校で1位という美人であった。

しかし私は柔道部に属し、下校時に空手道場に通う(まじめにも不良にもなれない)半端で硬派な学生。

さらに彼女は風紀委員。
しかし、何故か高1のときから既にお互いも周囲も暗黙の了解?で恋愛関係を認識していた。




そんな私たちは、高3卒業間際になって急接近、正式に私が告白して付き合いだした。
お互いに、高1の頃からだったか、同じ店(ファミリーレストラン)でアルバイトを始めたことから仲良くなった。

彼女はウエイトレス、私はキッチンだった。
付き合ってみたら誕生日も血液型も同じで、母親同士も幼馴染、爺さん同士は大親友という、アレである。

本当に上手くいっていた。
私が山形の教習所に合宿免許を取りに行っている時も、旅館宛に毎日手紙を書いてくれた。




映画・旅行・海・ドライブ・食事・花火大会・遊園地・観光地。
免許を取った私は、彼女が中古で買ったカローラレビンに乗って、二人で色んなところへ行った。

数ヵ月後、彼女に先を越された私は、彼女を真似して中古でスプリンタートレノを買ったものだ。

彼女は、至るところで私への愛を表現できる人だった。
私は、態度やしぐさ、目線や視線、言葉。




洋裁好きの彼女は、良く色々なものを作ってくれたし、彼女が作ってくれたお弁当にも愛情を感じたものだ。

私は、この頃から彼女と結婚したいと強く想うようになった。
20歳のお互いの誕生日に、私の部屋で結婚を約束した。

彼女のOKを貰って、私は、本当に生まれて初めて自分の人生を好きになった。

彼女の両親を紹介され、祭りの日に彼女の親戚親族との宴のときに、結婚を誓って死ぬまでの人生を計画し、今度は彼女を両親兄弟や親戚に婚約者として紹介したのだった。




私の母は4人兄弟で、私の母の弟は、彼女の母とも同級生で親友だったから、私の母も、母の弟も、彼女の母親も、母親の兄弟たちも、大喜びだった。
昔の仲良し同士が親戚になるのだから。

このとき私は、生まれてきて最高の感動を味わった。一番輝いていた季節だった。

運命や宿命という言葉がある。
宿命は、変えられない自分の人生の設計図であるが、運命は自由意志として変えられるものだと言われる。




強い縁で出会って付き合う宿命だった。
私と正式に交際する以前の、くだらん出来事に人生を狂わされてしまい、その後、自分も彼女も失った。

自分で望まぬ方へと変えてしまった、私の人生。
宿命的な、あれだけの感動、愛を感じながら、私は運命(その時の自由意志)という権利を行使したのだ。

良くも悪くも、すべて私の責任じゃないか。




彼女がどんな過去を持っていたとしても、嫌いじゃなかった。
でも、その時は彼女から聞いた悪夢が忘れられなかった。

愛している瞬間にも、忌まわしい悪夢がよみがえり記憶に根をさすのだ。
そうして私は、彼女に対する愛情に対して強制的に蓋をした。
自分を苦しめないために・・・。

感動を勝ち取りながら、感動を与えて貰いながら、自分の人生をそれで彩らなかった。




私は、こうして今を生きている。
何事もなかったかのように、過ぎたこと、済んだこと、終わったことだと自分を納得させている。

でも本能から湧き上がる感情には、蓋など出来ないことは私自身、身にしみて判っている。

結婚や世界観、社会観、人間観、常識、夫婦というものに制約されながら屈折させられる、本当の感情。




私は言いたい。
感動することは、素晴らしい経験だと想う。

しかし、その感動を、その後の人生に役立てなければ意味がない。
感動によって、人生は望む方向へ変えられるのだから。

感動に起因しない人生は、望む方向へとは導いてくれないのだから。

お粗末でした。






[返信]投稿者:価値辞典


私は安定を求めながら、実はまったく安定していないことに気付く。

結婚して安定したつもりは、異性についてもうこれ以上考えないことの決意を表明したようなもので、不安定この上ない大変危険な状況に我が身をおいている。

安定した仕事は、己の好奇心を抑え込む拘束衣の役目を果たした。

いったいぜんたい何をやってきたんだろう。
何十年もかかった安定するための行為は、私のためには役立っていなかった。
結局、私は零地点に立っている。




父は52歳、義理の母も52歳で他界した。
私もいつ死んでもいいような年になってきたけど、今更再出発してもいいもんだろうか。

いや、年じゃないか。
気付いた時が好機か。

若い時には何もかも捨てる勇気がなかったくせして、今はある。
何もかも捨て、後先考えずに邁進する勇気が今はある。

みんなの悩みを聞いて解決していたつもりでのぼせあがっていたけれど、一番悩んでるのは自分であった。




家庭を捨て。
仕事を捨て。

たぶん生きてはいけない道。
でも、偽ってきたものを脱ぎ捨てればそうなってしまう。

何にもない零地点ではあるけれど。
まずは、零にならないと自分の望む人生は望むべくもない。






[155] 補足です。 投稿者:悟空 投稿日:2009/08/22(Sat) 10:36 [返信]


私の母親も、彼女の母親も4人兄弟でした。
その実家は50mしか離れておらず、兄弟同士がみんな仲の良い幼馴染だったのです。

みんな目の前の小学校に通っていたのでした。
さらには、祖父祖母同士も大親友だったのですから。

その子供同士の私たちが、地元から遠くにある高校で出会って、お互いの出自を知らずに付き合って、婚約を果たす・・・。




そこで、昔の幼馴染である私と彼女の母親兄弟が、「運命的だ!」といって舞い上がっていたのです。

まー、ビックリしていたのは私たちもそうなんですが、実年世代のパワーには負けました。

だから、結婚式は私(防大3回生)も彼女(女子専門学校3年生)のうちに結婚してしまえ!

と捲くし立てられていました。(防大は学生でも毎月給料が出ましたので・・・)
誰もが、私たちが結婚するものと想っていた。

後に思えば・・・。
この事が、逆に私を追い詰めたようにも思えます。























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